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神戸地方裁判所 昭和49年(ワ)250号 判決

原告 井上敬市

同 井上鈴子

右訴訟代理人弁護士 前田貞夫

同 井藤誉志雄

同 藤原精吾

同 前哲夫

右訴訟復代理人弁護士 佐伯雄三

被告 兵庫県

右代表者知事 坂井時忠

右訴訟代理人弁護士 高芝茂

主文

一  被告は、

原告井上敬市に対し、金二八八万円及び内金二五八万円に対する昭和四九年四月五日から、内金三〇万円に対する昭和五三年六月三〇日から各完済まで年五分の割合による金員、原告井上鈴子に対し、金二八〇万円及び内金二五〇万円に対する昭和四九年四月五日から、内金三〇万円に対する昭和五三年六月三〇日から各完済まで年五分の割合による金員、をそれぞれ支払え。

二  原告らのその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを三分し、その一を被告の負担とし、その余を原告らの負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、原告らがそれぞれ金八〇万円の担保を供するときは、その原告につき仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

(一)  被告は原告井上敬市に対し、金八八二万九、四五四円および内金八二二万九、四五四円に対する本訴状送達の日の翌日から、内金六〇万円に対する判決言渡の日の翌日から、それぞれ支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

(二)  被告は原告井上鈴子に対し、金八五二万九、四五四円および内金七九二万九、四五四円に対する本訴状送達の日の翌日から、内金六〇万円に対する判決言渡の日の翌日から、それぞれ支払ずみまで、年五分の割合による金員を支払え。

(三)  訴訟費用は被告の負担とする。

(四)  仮執行の宣言を求める。

二  請求の趣旨に対する答弁

(一)  原告らの請求を棄却する。

(二)  訴訟費用は原告らの負担とする。

(三)  仮に原告らの請求が認容された場合は、仮執行免脱の宣言を求める。

第二当事者の主張

一  請求原因

(一)  事故の発生

昭和四八年八月三日午後二時三〇分頃、加古川市別府町、東播磨港内別府港区内の海岸の浅瀬で、訴外亡井上貴幸(当時八歳)は、訴外北面大三(当時九歳)ら三名と水遊びをしていた際、右三名と共に深みに落ち、右三名は救助されたが、井上貴幸(以下貴幸という)は溺れて水死した。

(二)  現場の状況

(1) 本件事故現場を含む付近一帯の海岸は、昭和四二年頃まで、遠浅の海岸として、兵庫県下で有数の海水浴場あるいは、潮干狩場として、一般に利用されていた。

(2) 右海岸は、昭和四三年頃から、被告の東播磨港々湾計画に基づき、船舶航路浚渫がすすめられ、公共岸壁や防波堤が設置され、現在、砂浜は別府川西の堤防の西側に沿って干潮時において、東西に巾約四〇メートル、南北に長さ約一〇〇メートルの本件事故現場のそれを残すのみである。

(3) 右東播磨港々湾計画に基く工事により、右砂浜(以下本件砂浜という)は付近で遊泳可能な唯一の海岸となっており、他の海水浴場としては、最も近いところでも右砂浜から一〇キロメートル以上の遠隔地にしかなかった。他方、児童にとって海水浴場に代わるものとしては、学校のプールと別府市民プールが存在するが、学校のプールは一〇日に一度位しか利用できず、市民プールは有料であった。

(4) (3)の事情により、本件砂浜は夏休みの期間連日、数名の児童が遊泳に来ていた。

(5) 本件砂浜の西側は東播磨港の水路となっており、被告は船舶の航行に支障がないように、砂浜を掘下げる浚渫工事を行っていた。そのため、本件砂浜付近は一見遠浅のように見えながら、急に深くなっており、しかも、その深みはヘドロによって極めてその中へ滑り込み易くなっており、児童の遊泳や潮干狩り等の遊び場としては極めて危険な状態であった。

(三)  被告の責任

(1) 本件事故現場を含む東播磨港々湾は、公の営造物であり、被告は右港湾の管理者である。

(2) 被告は、前記(二)(5)項記載の危険な状態を自ら招来したにもかかわらず、児童が本件砂浜で遊泳等することが危険であることを告知徹底し、右砂浜に児童が入らないようにし、立入った児童には説得して立退かせる等の適切な水難防止措置を何等講じなかった管理の瑕疵により本件事故を発生せしめた。

(3) よって被告は、本件事故で溺死した貴幸とその父母が蒙った損害を賠償する責任がある。

(四)  損害の発生

(1) 逸失利益

貴幸は、本件事故当時満八歳の健康な男子であり、その就労可能年数は五四年とみるべきところ、昭和四六年度の全商業男子労働者の平均給与月額は、同年度の賃金センサス第一巻第一表によれば、金七万六、九〇〇円であり、同様年間賞与その他の特別給与額は金二四万九、四〇〇円であるから、以上の年間支給額合計は金一一七万二、二〇〇円となるが、その生活費として右金額の二分の一にあたる金五八万六、一〇〇円を支出するものとしてこれを控除した金額を貴幸の年間の得べかりし利益とし、貴幸が満九歳時に一時に支給を受けるものとして、ホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して計算すると金一、〇八五万八、九〇九円(586,100円×(25.8056―7.2782)=10,858,909円)となり、この金額が同人の本件事故による逸失利益である。

原告両名は、貴幸の直系尊属として、同人の取得した右損害賠償請求権を各二分の一である金五四二万九、四五四円づつ相続した。

(2) 慰謝料

貴幸は原告ら夫婦の二男で、本件当時小学校三年生であり、原告らは本件当時まで同人を健かに養育して来たのに、突然被告の管理不行届のために我が子を失ったことによる精神的苦痛は計り知れないものがあり、その慰謝料は原告ら各自についてそれぞれ金二五〇万円が相当である。

(3) 葬祭費

原告井上敬市は、亡貴幸の葬祭費として少くとも金二〇万円を費消した。

(4) 弁護士費用

原告らは、被告が本件につき何ら責任を認めようとしないため、本件訴訟の提起を弁護士前田貞夫、同井藤誉志雄、同藤原精吾及び同前哲夫に委任し、着手金として金一〇万円を支払い、さらに報酬として本訴につき判決言渡しがあれば金一四〇万円を支払う約束をした。

(五)  よって、被告は、原告敬市に対し、金八八二万九、四五四円及び内金八二二万九、四五四円に対する本訴状送達の日の翌日から、内金六〇万円に対する判決言渡の日の翌日から各完済に至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金、原告鈴子に対し、金八五二万九、四五四円及び内金七九二万九、四五四円に対する本訴状送達の日の翌日から、内金六〇万円に対する判決言渡の日の翌日から各完済に至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の各支払を求める。

二  請求原因に対する認否

(一)  請求原因(一)の事実は認める。

(二)  同(二)の事実のうち、(1)は否認し、(2)ないし(5)のうち東播磨港々湾の海岸一帯が、昭和四二年一〇月二七日付埋立免許に基づき埋立てられ、同港湾航路が浚渫されている事実は認める、その余の事実は不知。

(三)  同(三)の事実のうち、(1)は認めるが、(2)及び(3)は争う。すなわち、本件事故現場は港湾内であるが、港湾は一定の水域から成るものであって、水域は自然公物たる公共用物、すなわち人為の施設をまたず天然の状態において公衆の自由使用に供せられる性質を有する公物である。従って、港湾の管理者には、公衆の自由使用を禁止する権限はなく、また、港湾内は船舶が常時出入りしており、その航行の安全を保つため港湾施設を良好な状態に維持するため海底の浚渫等の措置をとっているものであるから、港湾内に立入る者は自らその危険を予知すべきものであって、その管理者が立入る者に対しその危険について告知徹底する措置をとっていないとしても、これによりその管理に瑕疵があるものというべきではない。

(四)  請求原因(四)の事実はすべて争う。

三  抗弁(過失相殺)

(一)  仮りに請求原因事実が認められるとしても貴幸は当時満八歳余の普通健康体を有する男子であり、小学校三年生として学校及び家庭で、本件現場付近水域が港湾施設内の水域にして常時大型船舶が出入する水深大なる工事施行中の危険水域であるから立入らないよう常日頃訓戒され、小学三年生として右危険性を十分に弁識しており、しかも自ら泳げないのにもかかわらず本件水域に立入って深みに落ち込み、不幸な結果を招くに至ったものである。従って、この点は同人の過失として斟酌すべきである。

(二)  仮りに右弁識能力が十分でなかったとしたならば、原告らは貴幸が泳ぎを知らないのであるから、右危険水域に立入らないよう、同人を十分監護すべき義務があるのにかかわらずかかる措置を講じなかった原告ら側の過失により本件事故が惹起されたものである。

四  抗弁に対する原告らの答弁

貴幸及び原告らに本件損害賠償額を決定するについて斟酌すべき過失は何ら存在するものではない。

第三証拠関係《省略》

理由

一  昭和四八年八月三日午後二時三〇分頃、加古川市別府町所在の東播磨港に属する別府港区内の海岸の浅瀬で、当時八才であった貴幸が、訴外北面大三ら三名と水遊びをしていた際、右三名とともに深みに落ち、右三名は救助されたが、貴幸のみが溺死したことは当事者間に争いがない。

二  そこで、さらに右事故現場の状況、位置関係、本件発生の経過等について検討してみる。

《証拠省略》を総合すると次の各事実が認定できる。

(一)  本件事故発生当時の現場付近の状況は、凡そ別紙図面に記載するとおりであって、別府川の西岸の防波堤の西側に沿って干潮時において巾(東西の長さ)約四〇メートル、長さ(南北の長さ)約一〇〇メートルの砂浜があり(別紙斜線部分)、その砂浜の北端部から西方に向って船舶の発着する公共岸壁(以下単に公共岸壁というときはこの部分を指す)が続いており、その西方にある埋立地には神戸製鋼加古川工場が建設されていて、その港湾に面する部分に岸壁が設けられており、本件砂浜が右港湾に東側から面している。

(二)  本件事故当時、いわゆる中潮の状態であって、本件砂浜から西方に向って四メートル位浅瀬を進むと急激に深みとなっており、貴幸らは右砂浜の中央よりやや公共岸壁に寄った辺りの西側の浅瀬で素裸になって水遊びをしているうち、右の深みに落ち込み、泳げない貴幸は溺れて死亡するに至ったものである。

(三)  ところで、当時の海水は、茶色く濁っていて、極く浅い所は別として、外部から海底の形状を容易に判別できない状態であり、また、付近の海底は、前記の砂浜から西方に砂地の浅瀬が続いていたが、前記の深みに入る辺りからヘドロ状となっていて、滑り易い状態になっていた。

(四)  ところで、前記の砂浜及び公共岸壁の辺り一帯は、従前いわゆる遠浅の海水浴場として一般に利用されていたが、昭和四二年頃から東播磨港の改修工事計画を実施するため、付近一帯の土地及び付属施設が買収され、この頃から海水浴場としては一般に利用されなくなっていたが、その後海水浴場の一部であった砂浜に前記の公共岸壁が構築され、右岸壁に船舶が発着するようになった本件事故当時においても、本件砂浜のみが従前の海水浴場当時の面影をとどめていたことに加えて、付近の海水浴場としては最も近いところでも一三キロメートル程離れた場所にしかない事情や付近に常時子供が利用できるプールがなかったことから、前記の海水浴場として一般に利用されなくなった後、本件事故当時頃でも、夏期には子供が本件砂浜付近で水遊びや水泳を楽しむことがあった。

(五)  ところで、前記の東播磨港港湾改修計画では将来前記の別府川西岸の防波堤を撤去し、本件砂浜も除去される予定となっていたが、本件事故当時、未だ右計画は具体化されて居らず、本件砂浜については特に工事が施されていなかったが、しかし前記の公共岸壁が船舶の発着場として利用されていたため、その航路確保のため付近の港湾内の海底のしゅんせつが行われており、本件砂浜の西方の前記の深みも右しゅんせつの結果生じたものであって、本件事故現場付近にも水深約五メートルを超える断がい状の深みが生じていた。

以上の各事実が認定でき(る。)《証拠判断省略》

三  そこで、本件事故現場付近の港湾についての被告の管理に瑕疵があった旨の主張について検討する。

(一)  本件事故が生じた前記砂浜の西側付近は、前項(二)、(三)及び(五)で認定したところによれば、港湾の浚渫工事により、それ以前の状況に比較して格段に危険な状態となったというべきであり、他方、《証拠省略》によれば、本件砂浜から北方の国道まで一般道路が通じていることが認められることや従前の本件砂浜付近の利用状況及び周囲の環境(前項(四))を考慮すると、付近住民ことに児童が前記の危険な状態、とくに本件砂浜に近接した前記の範囲まで浚渫がなされ、急激な深みが生じていることを適確に認識しないまま、本件砂浜付近の海中に水泳その他水遊びのため入ることが予測しえたものであり、ひいては本件と同様の結果を招くことも予測できないことではない状態であったというべきである。

そして、貴幸が溺死するに至った原因は、前記の本件砂浜付近の海底の状況が危険な状態に変化していたのに、同人がこれに気付かず同所付近の海中に立ち入ったことにあるといわなければならない。

(二)  ところで、被告は、本件事故現場は港湾内であり、港湾はいわゆる自然公物で一般の自由使用に供せられるものであるが、船舶が出入りするため水深を維持するなどその航行の安全を図る必要があるから、本来この様な水域で遊泳すべきではなく、遊泳する以上はその危険を予知すべきものであり、被告がその危険を告知し、或いは本件現場に一般人が立入ることを防止する措置を採る義務はなく、被告には本件現場である港湾の管理につき瑕疵はなかった旨主張している。

港湾は自然の状態で公共の用に供しうるいわゆる自然公物であって、公衆一般の自由使用に供されるため、個々の利用にともなう危険は、利用者である住民自らの責任により防除されるべきものとされる港湾ないし海岸の特殊性はあるとしても、港湾は一つの公の営造物に該当するものとして、その設置ないし管理に瑕疵がある場合すなわち、それが本来備えるべき安全性を欠いている場合には、国家賠償法二条一項にもとづき、その管理者は右瑕疵にもとづき生じた損害を賠償すべき義務があるものというべきである。

ところで、港湾管理者が、港湾管理のためその利用目的に従って前記浚渫工事など従前の状況に変更を加えた場合、当該場所の周囲の環境、従前からの利用状況など具体的事情を考慮して、利用者がその変更を適確に認識しないまま従前どおりの利用を継続することが予測され、これにより危険の生ずるおそれのあることが予見されるような場合には、右の危険防止のための適切な処置を施さないまま変更された状態を継続しておくことは、港湾のもつべき安全性を欠くものであり、その管理に瑕疵がある場合に該当するものというべきである。

そこで、右の観点から本件における安全性について検討してみると、まず、前項に判断したように、本件事故現場付近は、当時の具体的事情を考慮して検討すると、本件と同様の事故発生のおそれが予見される状況にあったものというべきである。

したがって、被告は、本件港湾の管理者として(この点は当事者間に争いがない)、右危険を防除するための適宜の方法を講じて、港湾の前記の意味における安全性を保持すべき必要があったものというべきである。その方法としては、砂浜付近の水深が急激に変化している状況を知らすため、本件砂浜の北端付近などその利用者が気付き易い場所にその旨を掲示するなどの方法により危険の存在を警告することや、さらには、本件砂浜への立入自体を遮断するための措置(防護柵の設置など)を講ずることなどが必要であったものというべきである。なお、被告は、港湾が公衆の自由使用に供せられる公共用物であることを理由に立入禁止の措置を講ずることは許されない旨主張するが、本件事故現場は改良工事施行中の場所であり、そこに前記の危険が予見される以上、これを避けるための必要から右立入を禁止することは、合理性を有するものであり、許されないものと解するのは相当ではない。

そして、《証拠省略》によれば、本件事故当時までには、被告は右の方途は何ら講じていなかったことが認められるから、本件現場付近の港湾は、右の危険防止の方法を備えていなかった点において、通常備えるべき安全性を欠いていたものであって、被告の右港湾管理には瑕疵があったものといわなければならない。

四  そして、貴幸の溺死は、被告の右港湾管理についての瑕疵がなければ避けることができたと考えられ、右瑕疵と本件死亡事故との間に因果関係を肯定することができるので、被告は右港湾の管理者として国家賠償法二条により本件死亡により生じた損害を賠償すべきである。

五  そこで、賠償すべき損害額について検討する。

(一)  貴幸の逸失利益について

(1)  《証拠省略》によれば、貴幸は、昭和三九年一一月一九日生れで、本件事故当時満八才の健康な男子であったことが認められるから、同人が死亡しなければ厚生省第一三回生命表によるとその平均余命は六二・八〇年であり、その間少なくとも満一八才から満五五才に達するまで四二年間就労して収入を挙げ得たものと推認するのが相当である。そして、労働省労働統計調査部編昭和四六年賃金センサス第一巻第一表による全産業男子労働者一人当りの平均賃金給与額及び平均年間賞与その他の特別給与額を基礎にして、一か年の平均総収入額を算出すると金一一七万二、二〇〇円となるが、右収入額から原告らの自認する生活費として右収入額の五割を差引き、貴幸の右稼働期間中の逸失利益を年五分の割合によるホフマン方式による中間利息を控除してその現価を計算すると金八〇四万六、三九一円となる。

(2)  そこで過失相殺の主張について検討する。

貴幸は、本件事故当時満八才(小学校三年生)の健康な男子であって、海面一般の危険性については弁識があったものと推定すべきである。しかも、前記のように水泳ができなかったのであり、当時海水が濁り、海底の状況が殆んど見通せない状態であり、本件現場が船舶の航行する港湾に属していることも考え合わせ、海中に入るにしても危険性のないことが明らかな極く浅い水域以上に立ち入らないよう自重すべきであったものというべきで、友人とともに海中で遊んでいて、その点の配慮を怠って深みに落ち込み、溺死する結果となったものであって、この点は貴幸自身の過失として斟酌すべきである。

また、原告敬市本人の供述によれば、同原告は、本件事故当時、本件砂浜に対面(西方)する埋立地にある神戸製鋼所の加古川工場に勤務していたものであったことが認められるから、本件港湾内の海底等の状況についても容易に知り得る立場にあったことがうかがわれ、他方、本件砂浜付近一帯が前記のように以前海水浴場であった事情等からみて貴幸が本件砂浜付近に立寄る可能性は否定できないところであるのに、同原告は、その本人尋問の結果によれば、本件砂浜が残存していることは本件事故発生後気付いたものであり、日頃貴幸に対し現場の危険性を充分認識させるなど本件事故発生を防止するための適切な監督指導を尽していなかったことがうかがわれる。

以上の点と本件事故が一般に利用され常に水難の危険性を有する港湾において発生したという特殊性も加味して右過失の程度を判断すると、前記の貴幸の逸失利益のうち、被告の賠償すべき額は金三〇〇万円と定めるのが相当である。

(3)  そして、《証拠省略》によれば、原告敬市は貴幸の父、同鈴子はその母であることが認められるから、両名は貴幸の右損害賠償請求権をそれぞれ二分の一の割合で相続したことになり、その額は両原告とも各金一五〇万円となる。

(二)  原告両名の慰藉料について

原告らは、その三人の子のうち末子である貴幸を思いがけぬ本件事故によって失った精神的苦痛は甚大であったものと推認できるが、先に認定した被告の管理の瑕疵の態様、本件事故発生の経緯、前記の被害者側の過失等諸般の事情も併せて考慮すれば、原告ら各自の慰藉料はそれぞれ金一〇〇万円をもって相当と認める。

(三)  葬祭費

原告敬市本人の供述によれば、同原告は貴幸の本件事故死のため葬式費用として少くとも原告の請求額金二〇万円を超える出捐を余儀なくされたと認められ、右認定を左右するに足りる証拠はなく、前記の被害者側の過失を斟酌すると、被告に賠償を求めうべき金額は金八万円をもって相当と認める。

(四)  弁護士費用

以上により、原告敬市は合計金二五八万円、原告鈴子は合計金二五〇万円をそれぞれ被告に対し請求しうるものであるところ、原告ら主張のように各弁護士との間で訴訟委任に関する報酬等につき約定をなし、その一部を支払った事実を認めるに足りる証拠はないが、弁論の全趣旨によれば、被告は賠償責任を否定して右原告らの損害賠償請求に応じないため、原告両名は弁護士である原告ら訴訟代理人に本件訴訟の提起とその遂行を委任したことが認められるから、本件事案の難易、認容額その他諸般の事情を考慮すれば、原告らが弁護士費用として被告に対し賠償を求めうる金額は、それぞれ金三〇万円と認めるのが相当である。

六  よって、原告らの本訴請求のうち、原告敬市に対し、金二八八万円及び内金二五八万円に対する被告に本件訴状が送達された日の翌日であることが本件記録上明らかな昭和四九年四月五日から、内金三〇万円に対する本判決言渡の日の翌日であることが記録上明らかな昭和五三年六月三〇日から各完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金、原告鈴子に対し、金二八〇万円及び内金二五〇万円に対する前同様昭和四九年四月五日から、内金三〇万円に対する前同様昭和五三年六月三〇日から各完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金のそれぞれ支払を求める部分を正当として認容するが、原告らのその余の請求部分はいずれも失当として棄却することとし、民事訴訟法八九条、九二条、九三条、一九六条を適用し、仮執行免脱の申立は相当でないと認めるのでこれを却下することにし、主文のとおり判決する。

(裁判官 大石貢二)

〈以下省略〉

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